2015.06.07 (Sun)
まだ梅雨も明けていないというのに
「枯葉」です。
この翻訳シリーズを書くたびに多少は調べ物もするんですが、知らない事が沢山あるなぁと平凡な事をおもいます。
wikipediaには沢山助けられてますが、やっぱり原本に当たらなければ、とも思うよね。
この曲のモチーフとなった「枯葉」はマンゴーの葉です。
マンゴーはこんな樹

拝借先はhttp://pt.wikipedia.org/wiki/Mangifera_indica
マンゴーの樹はマンゲイラだし、ファベーラに生えてそうだなとはおもってましたが、そもそもファベーラのあたりにはどんな植物が生えてるのかなと思ってお手軽に調べてみたんです。
そしたら、ファベーラっていう名前はファベーラっていう植物からきてるってことを知りました。
へぇぇ・・・。
ファベーラについては本題のあとに回すとして。
今回はネルソン・カヴァキーニョ(1911-1986)
しゃがれ声のネルソン。
生涯に400を越える曲を書いたネルソン。
僕は、そのうち何曲を知ってるのかな。
枯葉は、ギリェルミ・ヂ・ブリートとの共作。前回のエントリーに書いた「詩人の涙」もこの二人の作品だそうです。(カルトーラの作品だと思ってた。不勉強不勉強!)
曲はこちら。
エリス・ヘジーナが歌っているバージョンもあったけど、やっぱりベッチ・カルバーリョ(サンバのABCのB)の方がカラっとしててしっくりくるな。
では、本題
------------------------------
Quando eu piso em folhas secas
Caídas de uma mangueira
Penso na minha escola
E nos poetas da minha estação primeira
とあるマンゴーの
樹から落ちた枯葉を踏めば
俺のエスコーラの事を
エスタサォン・プリメイラの詩人たちの事を思う
Não sei quantas vezes
Subi o morro cantando
Sempre o sol me queimando
E assim vou me acabando.
歌いながらこの丘を
いったい何度のぼっただろうか
いつも日差しは身を焦がすようで
そんな中俺は死んでいく
Quando o tempo avisar
Que não posso mais cantar
Sei que vou sentir saudade
Ao lado do meu violão
Da minha mocidade
いつか、もう歌うことは出来ないと
時が俺に教えてくれたら
ギターを隣に懐かしく思い出すよ
あの青春の日々の事を
------------------------------
訳注
枯葉/folhas Secas
マンゴーの木は常緑樹なので、落ち葉の季節と言うのはありません。
視点をかえれば年がら年中落ち葉の季節。
リオの日差しは強いので、からっからに乾いて、いーい音をたてるんですね(空想)。
Folhas Secas/フォーリャス・セーカスは直訳すると「乾いた葉」という意味です。
"乾いた"関係だと、マリーザ・モンチのSegue o Seco/セーギ オ セーコ (乾きを追って) も好きだな。
僕はリオではなく、サンパウロ州の内陸、南回帰線の真下にあるヒベロン・プレットという街に留学してたんですが、どれぐらい日差しが強かったかというと、童話"北風と太陽"の北風ぐらいに暴力的な日差しでした。
南回帰線の下なので、12月の夏至の日は太陽が90度に南中(懐かしい単語!)し、正午には街から影が消えたのをよく覚えています。
そんな時間に外を出歩いてたのは僕しかおらず、人のいない、白光りする、影のない街の風景は夏至がくるたび思い出します。
たしかに身が焦げる焦げるー。
エスタサォン・プリメイラ
エスタサォン・プリメイラ・ヂ・マンゲイラの事とは思います。
ただ、エスタサォンは"シーズン"という意味が、プリメイラには"一番目の"という意味があるので、もしかしたら、「人生のファーストシーズン」とかけて、若かりし頃に思いをはせているのかも知れません。
ファベーラ(植物)
ポルトガル語のwikipediaはこちら
ファベレイラ、マンジョッカ・ブラーヴァ(荒ぶるマンジョッカ)ともいわれるそうです。
youtubeがありました。
(ブラジル人女性のナ行の発音と鼻母音の発音、いつ聞いても可愛い)
今度機会をみて、この映像の聞き取りと翻訳もやってみます。僕が忘れてたらリマインダください。
トゲトゲで背も低く、お世辞にも可愛い植物ではないかもしれませんが、粉にして食用にしたり、油をとったりしたそうですよ、
そんなトゲトゲの植物が、なぜ居住区の名前になったか。
それも、今後のお楽しみということで。
詩人/Poeta
日本語だと、詩人は言葉のみを書く人って印象が強いですが、(ブラジルにももちろん、そういう詩人はいますが) この文脈では、もれなく曲がついてサンバの歌になる詩を書く人を指しているのでしょうね。
曲つきではないですけど、日本なら芭蕉の時代の俳諧でしょうか。有名無名とわず、いろんな人が詩を詠んだ、ということなんでしょう。
そんな中俺は死んでいく / E assim vou me acabando.
今まで何度も同じようにのぼって来た丘を、これからも何度となくのぼり、そのうち死ぬだろうと、これまでの人生と、これからの人生と、人生の終り方を受け入れた態度に、僕みたいな初級のオジさんはあこがれたりもするのです。
あの青春の日々/Minha mocidade
Minha/ミーニャは、所有格一人称、つまり
「俺の」
って意味なので、直訳は「俺の青春」なんですけど、「俺の、俺の」って繰り返すのも野暮ったいと感じたので、「あの青春」としています。
「青春」はどうあがいても個人の体験に巻き取られ、「青春」を思うとき既に人は青春から離れているので 「俺の」と言っても、「あの」 と言っても、その背後にある気持ちは同じなんじゃないかなー。
次は何を書こうかな。
ファベーラ(植物)のも書きますけど、リクエストあればどしどし送ってくださいませ。
では、また。
ぺこ。
この翻訳シリーズを書くたびに多少は調べ物もするんですが、知らない事が沢山あるなぁと平凡な事をおもいます。
wikipediaには沢山助けられてますが、やっぱり原本に当たらなければ、とも思うよね。
この曲のモチーフとなった「枯葉」はマンゴーの葉です。
マンゴーはこんな樹

拝借先はhttp://pt.wikipedia.org/wiki/Mangifera_indica
マンゴーの樹はマンゲイラだし、ファベーラに生えてそうだなとはおもってましたが、そもそもファベーラのあたりにはどんな植物が生えてるのかなと思ってお手軽に調べてみたんです。
そしたら、ファベーラっていう名前はファベーラっていう植物からきてるってことを知りました。
へぇぇ・・・。
ファベーラについては本題のあとに回すとして。
今回はネルソン・カヴァキーニョ(1911-1986)
しゃがれ声のネルソン。
生涯に400を越える曲を書いたネルソン。
僕は、そのうち何曲を知ってるのかな。
枯葉は、ギリェルミ・ヂ・ブリートとの共作。前回のエントリーに書いた「詩人の涙」もこの二人の作品だそうです。(カルトーラの作品だと思ってた。不勉強不勉強!)
曲はこちら。
エリス・ヘジーナが歌っているバージョンもあったけど、やっぱりベッチ・カルバーリョ(サンバのABCのB)の方がカラっとしててしっくりくるな。
では、本題
------------------------------
Quando eu piso em folhas secas
Caídas de uma mangueira
Penso na minha escola
E nos poetas da minha estação primeira
とあるマンゴーの
樹から落ちた枯葉を踏めば
俺のエスコーラの事を
エスタサォン・プリメイラの詩人たちの事を思う
Não sei quantas vezes
Subi o morro cantando
Sempre o sol me queimando
E assim vou me acabando.
歌いながらこの丘を
いったい何度のぼっただろうか
いつも日差しは身を焦がすようで
そんな中俺は死んでいく
Quando o tempo avisar
Que não posso mais cantar
Sei que vou sentir saudade
Ao lado do meu violão
Da minha mocidade
いつか、もう歌うことは出来ないと
時が俺に教えてくれたら
ギターを隣に懐かしく思い出すよ
あの青春の日々の事を
------------------------------
訳注
枯葉/folhas Secas
マンゴーの木は常緑樹なので、落ち葉の季節と言うのはありません。
視点をかえれば年がら年中落ち葉の季節。
リオの日差しは強いので、からっからに乾いて、いーい音をたてるんですね(空想)。
Folhas Secas/フォーリャス・セーカスは直訳すると「乾いた葉」という意味です。
"乾いた"関係だと、マリーザ・モンチのSegue o Seco/セーギ オ セーコ (乾きを追って) も好きだな。
僕はリオではなく、サンパウロ州の内陸、南回帰線の真下にあるヒベロン・プレットという街に留学してたんですが、どれぐらい日差しが強かったかというと、童話"北風と太陽"の北風ぐらいに暴力的な日差しでした。
南回帰線の下なので、12月の夏至の日は太陽が90度に南中(懐かしい単語!)し、正午には街から影が消えたのをよく覚えています。
そんな時間に外を出歩いてたのは僕しかおらず、人のいない、白光りする、影のない街の風景は夏至がくるたび思い出します。
たしかに身が焦げる焦げるー。
エスタサォン・プリメイラ
エスタサォン・プリメイラ・ヂ・マンゲイラの事とは思います。
ただ、エスタサォンは"シーズン"という意味が、プリメイラには"一番目の"という意味があるので、もしかしたら、「人生のファーストシーズン」とかけて、若かりし頃に思いをはせているのかも知れません。
ファベーラ(植物)
ポルトガル語のwikipediaはこちら
ファベレイラ、マンジョッカ・ブラーヴァ(荒ぶるマンジョッカ)ともいわれるそうです。
youtubeがありました。
(ブラジル人女性のナ行の発音と鼻母音の発音、いつ聞いても可愛い)
今度機会をみて、この映像の聞き取りと翻訳もやってみます。僕が忘れてたらリマインダください。
トゲトゲで背も低く、お世辞にも可愛い植物ではないかもしれませんが、粉にして食用にしたり、油をとったりしたそうですよ、
そんなトゲトゲの植物が、なぜ居住区の名前になったか。
それも、今後のお楽しみということで。
詩人/Poeta
日本語だと、詩人は言葉のみを書く人って印象が強いですが、(ブラジルにももちろん、そういう詩人はいますが) この文脈では、もれなく曲がついてサンバの歌になる詩を書く人を指しているのでしょうね。
曲つきではないですけど、日本なら芭蕉の時代の俳諧でしょうか。有名無名とわず、いろんな人が詩を詠んだ、ということなんでしょう。
そんな中俺は死んでいく / E assim vou me acabando.
今まで何度も同じようにのぼって来た丘を、これからも何度となくのぼり、そのうち死ぬだろうと、これまでの人生と、これからの人生と、人生の終り方を受け入れた態度に、僕みたいな初級のオジさんはあこがれたりもするのです。
あの青春の日々/Minha mocidade
Minha/ミーニャは、所有格一人称、つまり
「俺の」
って意味なので、直訳は「俺の青春」なんですけど、「俺の、俺の」って繰り返すのも野暮ったいと感じたので、「あの青春」としています。
「青春」はどうあがいても個人の体験に巻き取られ、「青春」を思うとき既に人は青春から離れているので 「俺の」と言っても、「あの」 と言っても、その背後にある気持ちは同じなんじゃないかなー。
次は何を書こうかな。
ファベーラ(植物)のも書きますけど、リクエストあればどしどし送ってくださいませ。
では、また。
ぺこ。
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2016.01.07 訳をちょっと修正スポンサーサイト
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