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2015.06.25 (Thu)

モーホには出番がない

昨日水曜日にモーションブルーを満席にした ぶらじる商会のリーダー、副島さんからリクエストいただきました。

作曲はアントニオ・カルロス・ジョビン、通称をトン・ジョビン( Antônio Carlos Jobim / Tom Jobim )
1927年生まれ - 1994年没。

彼が亡くなったときは日本でもニュースになりました。
ただ、当時14歳だった僕はボサノヴァを知らなかったので、「ボサノバとかいうものの第一人者が亡くなった」とだけ記憶しておりました。

その後、ジョアン・ジルベルトと言う人もボサノヴァの第一人者と知りまして、ここで記憶の混同が起こったのですな。

2003年にジョアンが来日すると聞いた時には「死んだんじゃなかったのか!?」と驚いた覚えがあります。

なお、しばらくの間アントニオ・カルロス・ジョビンとトン・ジョビンと言うのは、親子か何かだと思ってました。

それぐらい ボサノヴァには疎いのですが、頑張ってまた調べ物。

作詞はVinicius de Moraes(ヴィニシウス・ヂ・モライス)
「魔法仕掛けの言葉(原題: Palavra (En)cantada /パラーブラ・(エン)カンターダ」と言う映画でも取り上げられている人物です。経歴が多岐にわたるので、wikiってください。

日本語版wikiには、彼の作品の一部しか乗っていなかったので、ポルトガル語版を紐解いたところ「モライスの作品一覧」という独立したページがありました。まじか。

音源はこちら。



では、本題。
-----------------------------

O morro não tem vez
E o que ele fez já foi demais
Mas olhem bem vocês
Quando derem vez ao morro
Toda a cidade vai cantar

モーホには出番がない
もう十分やっただろってさ
でもよく見なよアンタら
モーホに出番を与えれば
街の皆が歌い出す

Morro pede passagem
O morro quer se mostrar
Abram alas pro morro
Tamborim vai falar

モーホが道を空けろと頼んでいる
モーホに演らせろとさ
モーホに道を空けるんだ群集
タンボリンから話があるぞ

É 1, é 2, é 3, é 100
É 1000 a batucar

一人、二人、三人、百人
千人のバトゥカーダ

O morro não tem vez
Mas se derem vez ao morro
Toda cidade vai cantar

モーホには出番がない
でもモーホに出番を与えれば
街の皆が歌い出す

O morro não tem vez
Mas se derem vez ao morro
Toda cidade vai cantar

モーホには出番がない
でもモーホに出番を与えれば
街の皆が歌い出す

Morro pede passagem
O morro quer se mostrar
Abram alas pro morro
Tamborim vai falar

モーホが道を空けろと頼んでいる
モーホに演らせろとさ
モーホに道を空けるんだ群集
タンボリンから話があるぞ

É 1, é 2, é 3, é 100
É 100 a batucar

一人、二人、三人、百人
千人のバトゥカーダ

O morro não tem vez
Mas se derem vez ao morro
Toda cidade vai cantar

モーホには出番がない
でもモーホに出番を与えれば
街の皆が歌い出す

----------------------------
モーホには出番がない / O morro não tem vez

ボサノヴァ 、Bossa Nova、"新しい兆候"。
この名前がどこから来たのかには、諸説あるようですが、ジョビンやヴィニシウス、ジョアン・ジルベルトらが自称したものではありません。

ここで、 UOLの特集サイト を紐解いてみます。

1940 カルメン・ミランダ
1943 ブラジルの水彩画
1946 ルイス・ゴンザーガ

このあたりが、ボサノヴァ世代の親が聴いていた音楽かと。

1950 ボサノヴァブーム前夜。ジャズ・オーケストラの流入、サンバジャズブーム

1955 ロックの流入。

1958 ボサノヴァブーム到来、Chega de Saudade(邦題: 想いあふれて)発売

1959 「黒いオルフェ」発表

なお、当時の大統領はジュセリーノ・クビシェッキ、「五十年の進歩を五年で」という標語をかかげ、ブラジリアを建設した大統領。

新しい時代。1960年代には、年7%の経済成長を見せていたブラジル。

従来の打楽器を用いた音楽よりも、都会の空気を感じさせる室内楽、そんな空気だったのかもしれません。

都会、そうさ俺たちは洗練された都会の住人なのさ、と。
高等遊民という言葉の生まれた、文明開化の明治時代のような感じがします。

だって、"ジェット機のサンバ" ですよ。
最新技術の集合体とサンバ。「新幹線の演歌」って行ったら、このミスマッチのイメージつくでしょうか。

他にも、「君をRollie Flexで撮り、幻滅を現像した(デザフィナード)」とか。
Rollie Flexは当時最新鋭のカメラのブランドです。あこがれながらも、そうやすやすと手の届かないアイテム。
"新しいiPhone"のような立ち位置でしょうか。「iPhone慕情」みたいな。

そんななかで、ボサノヴァの第一人者たちが作ったのがこの曲です。

ジョビンやヴィニシウスらからの、モーホとその音楽へのリスペクトを最大限に表した歌なんじゃないかと思います。
または、サンバのコミュニティに産まれなかった人からの、一つの憧れの形なのかもしれません。

ちょうど僕らがサンビスタに憧れを持つようにね。

なにせ、ボサノヴァは自称でなくても、サンバと自称する曲がボサノヴァに数多くあることですし。

「モーホのサンバは古いよねなんて言ってもアンタら、カーニバルには皆で歌ってるじゃないか」という、モーホの下からみたカーニバルの風景。

後にサンバのABCのAの人(Alcione / アルシオーネ)もこの歌を歌っています。


なお、フェルナンダ・アブレウの伝説的アルバム"Raio X / ハイオ・シース (邦題 "シース", エックス線と言う意味。94年発表)の中の一曲、Bloco Rap Rio / ブロッコ・ハッピ・ヒオ (リオラップ団)の冒頭でこの曲が引用されています。

引用はもう一曲、ファンキ・カリオカと呼ばれるジャンルからRap da Felicidade / ハッピ・ダ・フェリシダージ(ハッピーラップ)から次の部分。

Eu só quero é ser feliz
Andar tranqüilamente
Na favela onde eu nasci
É...
E poder me orgulhar
E ter a consciência
Que o pobre tem seu lugar

ただ幸せでいたいだけだ
心穏やかに、生まれ育った
ファベーラを歩きたいだけだ
要はさ、、
貧乏人にだって
居場所はあるっていう事を
それを誇りたいだけなんだ


この曲を初めて聴いた1999年にはわからなかったけれど、「モーホには出番がない→Rap da Felicidade→ブロッコ・ハッピ・ヒオ」のつながりって、めちゃくちゃ熱かったんだな。

いま気づいた。


今回のエントリー書いてよかった。

次のエントリーでは、モーホにひしめくファベーラの、その名前の由来になった植物について書こうと思います。

最後に、ぶらじる商会の皆さん、3rdアルバムの発売おめでとうございます!


JAZZSAMBISMO(ジャズサンビスモ) (BRSH-003)



https://www.amazon.co.jp/dp/B00VVQFMFK/ref=cm_sw_r_awd_dm.IvbKDMPAFQ






ぺこ。
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